2023.04.23

テスラのダイカスト技術メガキャスティング【ギガプレス】

概要

テスラのものづくりは「自由な発想」から出発しているように感じます。「自由な発想」は固定観念に縛られていない「素人の発想」とも言えます。今回紹介するギガプレスは、簡単に言ってしまえばただの大きなダイカストマシンです。ただ、これまでの発想とは異なる経路を辿っているようにもみえます。そんなアルミニウムダイカスト業界に一つの変革をもたらしたメガキャスティング及びギガプレスについて考えてみます。

1. 新しいダイカストマシン【ギガプレス】

規格外に大きいダイカストマシン、ギガプレス。

ギガプレスはダイカストマシンの名称です。イタリアのイドラグループがダイカストマシンを製造し、テスラが車体用フレームを製造しています。
これの何がすごいかというと、とにかくでかい!
日本におけるダイカストマシンの最大サイズは、1984年にUBEが製造した4000トンクラスです1)。弊所マテリアルデザインの知る範囲ではありますが、それ以上のサイズのダイカストマシンを国内で見たことがありません。4000トンクラスが国内に数基あるぐらいの状況です。ところがギガプレスは国内のマシンサイズを軽く超える6,200トンクラス、最近では写真にあるような9,000トンクラスまであります2)。さらに、2023年11月10日にLKから16,000トンクラスがリリースされました3)

ダイカストマシンのサイズを表すのにトンというのがなんとも違和感がありますが、これは型締め力でマシンサイズを表す業界の慣習です。基本的に型締め力が大きい方が大きな鋳物を作ることができますので、ギガプレスは大きなものを作る能力をもっています。

ダイカストマシンギガプレス

ギガプレスのドローン撮影動画がテスラ公式にアップされていましたので、参考に紹介いたします4)。かっこいい動画です。

2. 素人の発想

固定観念のない「素人の発想」は時にブレークスルーを起こします。

ここでの素人は、エンジニアとしての素養を持った方を指しており、何も知らない素人ではありません。
「自由な発想」とも言えるでしょう。
大多数のエンジニアは、材料を変えることは許されない、設備サイズの制約からこんなものは作れない、既存設備をなんとか使う、などと制約をまずは考えてしまいがちです。ところがイーロン率いるテスラは、業界の常識外のことを平気でやってきました。

イーロン 「なんでフレームを個別に作ってんの?70個のパーツ?一体にした方がいいじゃん?」

技術者 「投影面積的にこれを作れるダイカストマシンがないから無理っす。」

イーロン 「投影面積って何?ないなら作ったらいいじゃん。」

技術者 「え、まじっすか。」

上記のやりとりは完全に想像です。ただ、業界に長くいるエンジニアは、大きな鋳物を作れと命令されたら上記の技術者のような反応を示すと思います。エンジニアは経験を積むうちに常識を自ら設定し、その外に出ようとしなくなります。そんな常識を一蹴するかのようなことをテスラはやっているのです。
日本の鋳造エンジニアの多くがこのギガプレスに興味を示している事実。素人の発想が、自由な発想がゲームを変えようとしています。しがらみがないというのは強いですね。

3. ギガプレスでつくられるもの

テスラはギガプレスを用いて自動車のリアアンダーボディというシャシー部品を作っています5)
モデル3では70もの部品で構成されていたものが、モデルYでは1つの鋳造部品で作られています。どのような材料、工法で作られているかわからないので詳細なコスト算出はできません。ただ、モデル3において展伸材、プレス、鋳物などを接合、締結で組み合わせていると想定すると、一つの鋳造品でできるモデルYは設備投資が少なく、リーズナブルに思えます。

テスラモデル3及びモデルYの構成部品の比較

実は、これを企画した人もすごいのですが、実現した設計者はさらにすごいです。

鋳造はリブ配置による剛性向上がプレスと比較してやりやすいのですが、メガキャストではその特性を上手に利用されています。いわゆるトポロジー設計手法が導入されていると考えられます。

下図はテスラ公式YouTubeチャンネルから抜粋した画像です。固定型、可動型、左右スライドコアと金型は至ってシンプルです。つまり抜き方向は4方向となります。従来までは70もの要素で構成されていた部品をひとつの部品に集約し、なおかつ4方向だけで成型する。フレーム系の部品はパワートレイン系部品と比較してシンプルな形状となりますが、すべての部品の機能を整合させ、シンプルな金型構造にして製品設計されたことに脱帽です。

ギガプレスにおける製品取り出し時の写真

下の写真は、テスラモデルYのリアアンダーボディを分解したものになります。2022ダイカスト展に展示されていました。業界の大きな注目を集めていることがわかります。

テスラモデルYのダイカスト部品の実物展示

4. メガキャスティングに関連する設備

wikipediaに工程の概要が記載されていましたので紹介します6)。webサイト上の情報ですので真偽の判断はつきませんが、以下のようです。

  • 溶解温度 850℃
  • 保持温度 750〜850℃
  • 急冷 オイル(これが製品の急冷を言われているのか、金型の内冷かわかりません)
  • 取り出し ロボットハンド
  • セキ折り メカニカルプレス
  • 検査 X線による鋳巣チェック
  • バリ取り レーザートリム
  • 機械加工 ドリル&タップ
  • 形状測定 レーザースキャン

取り出しロボットはFUNAC M-900iBですので、可搬重量280~700kgとなります。ギガプレスだけにかなり大きなロボットを導入しています。

気になるのは機械加工、製品のひずみでしょう。非熱処理と書いてありましたので、抜型後のできたなりの製品精度かと思うのですが、それでも経験的にひずみます。矯正をしているのか、機械加工で調整しているのか、動画からはわかりませんでした。おそらく矯正は入っていると思われます。

ギガプレスに付帯する溶解保持システムですが、ベルリン工場にはSTØTEK社の設備が導入されているようです。以下リンク先に溶解工程を考えてみましたので、ぜひご覧ください。

5. ギガプレスのメリット、デメリット

ギガプレスのメリットとデメリットは以下になるかと思います。

メリット

  • 一体成形ができる(70部品→1部品)
  • CO2削減ができる(要設計変更)
  • コスト削減ができる(見積もってないので未検証です)
  • 製造するためのスペースが少なくなる
  • 多くの内製工程及び仕入先を持つ必要がなくなる
  • 品質保証をひとつの部品に注力できる(反面、ひとつの部品で多くの機能をみなければいけない)
  • 投資家のアピールにわかりやすい

デメリット

  • 設備投資が高い
  • 設備が巨大であるため道路の通行に支障がある
  • 鋳造工場と車両組立工場は近くにないと輸送費が高い
  • フレーム部品であるためひずみ矯正含めた関連技術が日本には乏しい
  • 高靭性材を扱えるエンジニアが少ない(設計&生産技術)

6. 国内外のギガプレスの動向

6.1 国内動向

2020年にテスラからギガプレスが発表7)されて以降、中国メーカーを中心に各社が追随しています。
2023年には日本でも超大型ダイカスト導入検討のニュースが発表され、鋳造業界のみならず一般ユーザーにもそのインパクトが知られるようになりました。以下はギガプレスに関わる国内のニュースです。

  • 2023年6月13日 トヨタ自動車 "ギガキャスト導入検討"8)
  • 2023年7月11日 リョービ "ギガキャスト導入検討"9)
  • 2023年9月14日 リョービ "超大型ダイカストマシン発注"10)
  • 2023年9月14日 UBEマシナリー "超大型ダイカストマシン受注"11)
  • 2023年12月14日 トヨタ自動車 "UBEマシナリーから次世代EV設備を購入"12)

これまで超大型ダイカストマシンはギガプレス、工法はメガキャスティングと呼ばれていました。しかしながら、トヨタ自動車、リョービ、UBEマシナリーの発表ではこれらの技術を「ギガキャスト」と呼んでいましたので、今後はギガキャストに呼称が統一されると思われます。

日本の学会、協会にギガキャストの明確な定義はありません。ダイカストマシンのサイズで区別するのか、製品のサイズで区別するのか、実はまだ何も決まっていません。今後、必要に応じて定義付けがされていくものと思われます。

6.2 海外動向

中国は厳密にはテスラを追随してますのでメガキャスティングですが、ギガキャストブームです。もうメガなのかギガなのかよくわかりません。
写真はGIFA2023のLKブースで展示されていた超大型ダイカストです。中国のNingbo Tuopu社の製品です。中国メーカーは開発スピードが段違いにはやいです。

  • LKブース
  • Ningbo Tuopu
  • Rear Underbody
  • DreamPress DCC7200
  • 65kg
  • 1,660x1,370x920mm

GIFA2023 LKブース

こちらはGIFA2023のイタルプレスブースで展示されていたBMWの大型ダイカスト製品になります。BMWはギガプレスを導入するとは言ってませんが、ギガキャスト相当の大物製品を製造しているようです。欧州勢もやはり興味があるようです。

  • ItalPresseGaussブース
  • BMW
  • Battery Housing
  • AlSi10MnMg

GIFA2023 イタルプレスブース

7. まとめ

自由な発想をベースに製品設計を変え、ギガプレスという新しい鋳造機を作る。テスラの本気度もさることながら、「ストレートに考えたらこれが最適だよね?」と言われているように思えます。YouTubeからも多くの情報が得られるのでぜひ確認してください。

日本においても宇部マシナリー株式会社から6,500クラスのダイカストマシンがラインナップされました13)。2022年11月時点では国内メーカーがギガプレスのような超大型機を導入することは公になっていません。しかしながら、国内メーカーも追随するものと思われます。投資規模、物流を考慮するとカーメーカーの導入が初となるように考えます。
※2023年10月22日時点でギガキャスト関連のニュースを確認すると、当所が想定する通りになりました。やはりそうなりますよね。

テスラに使われているとダイカスト部品と思われる材料特許を調べましたので、気になる方は次のページ「テスラのダイカスト用アルミニウム合金」も参照してみてください。

8. その他

ギガキャストに関して、講演会のご依頼、お問い合わせ、ご相談を多くいただいています。

「実際にギガキャストってどうなの?」
「アルミの鋳造品なんて大丈夫なの?」
「今後のクルマのつくり方ってどうなるの?」

鋳造業界を襲う第3の波ギガキャストというキャッチー(?)な報告内容でまとめています。鋳造屋目線というのが新鮮なようで意外にもご好評いただいています。有料とはなりますが、ネットの情報だけでは読み取れない内容をお伝えできると思います。以下がアジェンダです。ご興味ございましたらお問い合わせください。

  • ギガキャストとは?
  • 日本における鋳造技術の変遷
  • 技術難易度とメリットデメリット
  • 日本及び海外の動向
  • 今後の展開

鋳造業界を襲う第3の波ギガキャスト1

鋳造業界を襲う第3の波ギガキャスト2

鋳造業界を襲う第3の波ギガキャスト3

出典
1) 日本ダイカスト協会 ダイカスト技術史-戦後50年の変遷 (1995)
2) https://www.teslarati.com/tesla-cybertruck-body-9000-ton-giga-press-photos/
3) YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=XdhHwyKDJAI)
4) YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=7-4yOx1CnXE)
5) Tesla Inc.
6) https://en.wikipedia.org/wiki/Giga_Press
7) https://www.sae.org/news/2020/06/tesla-model-y-big-castings
8) https://toyotatimes.jp/report/technical_workshop_2023/001.html
9) https://www.ryobi-group.co.jp/news/newsrelease/007680.html
10) https://www.ryobi-group.co.jp/news/newsrelease/007707.html
11) https://www.ube.co.jp/ube/jp/news/2023/20230914_01.html
12) https://news.yahoo.co.jp/articles/bd2e9daae12e8aeff7131bced0da94b317fa0f3a
13) https://www.ubemachinery.co.jp

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